痛くて痛くてたまらない真実にどっぷり浸かる。
最後の最期まであがく覚悟。
そんな「生き抜く」という貫く美学。
最期

 

残念ながら、小麦粉をお願いしていた農家の方も

 

ご高齢ということもあり、体調不良、石臼の不具合等の理由により、

 

小麦粉生産は、無期限停止となりました。

 

私の16年間のパンづくりの中心となっていた粉がなくなりました。

 

これで、日々、マイナーチェンジを繰り返し、

 

磨きに磨いてきたいくつかのパンは消滅しました。

 

9日のイタリア産モッツァレラチーズをのせて焼いただけで、

 

オリーブオイルをかけて、黒胡椒を挽いただけの

 

カンパーニュのタルティーヌが最後となりました。

 

パンが良ければ、この程度が一番いいと思っているので、

 

いつも、シンプルな仕立て方しかしないのです。

 

9日のカフェは、

 

2020年1月下旬で7周年となりました当店の

 

2020年最初のカフェでした。

 

私の個人的な活動である個人セッションを始めたことで

 

このような流れになっている現在ですが、

 

カフェ、お菓子教室、様々なワークショップ、トークだの、

 

今度はセッション。

 

いつも、唐突なように見えるかもしれませんが、

 

すべて、同じ方向へ向かっていることであり、

 

すべては手段にすぎません。

 

しかし、カフェに興味がある(食べることに興味がある)

 

みなさんにとっては、それはどうでもいいことだと思います。

 

このような全体を通して一つの活動をしている私の

 

利用しにくいカフェを、それでも待って、

 

本年度初日にご利用いただきありがとうございます。

 

ということで、最後の日を迎えた可能性が極めて高い日となりました。

 

私は少しも驚きません。

 

パン屋時代から、危機はありましたし、何度も言ってきました。

 

「いつなくなるかわからないから(材料も人間も)、

 

目の前のパンを大切にしてください」と。

 

 

その粉を使っていたパンは、

 

しばらくは、別のものへ調整しながら移行していきます。

 

そのため、日々、味が変化することになりますし、

 

まだ名前のないパンが登場したりすることなります。

 

少し試作をして、理想に着地できるほど甘い世界ではありません。

 

お菓子はできるけれど、パンはできません。

 

四季と共に、日々の中で磨くことしかできないのです。

 

その変化自体を愉しんでいただけると幸いです。

 

 

ちなみに、今日のクライフティ・ショコラ。

 

少し大きいことに気づいた方がいましたでしょうか。

 

どうせ、空いていましたからケーキが余るので、

 

あれも、今年初日、7周年後の初日ということで、ささやかなサービスです。

 

パンは、やや多すぎたようですが。

 

 

余談ですが、

 

パンと料理の時は、パンは多かったら残してください。

 

パンを残されても私はなんとも思わないです。

 

料理は残されると落ち込みます。

 

パンは、「いや、ほんとに死ぬよ」っていう

 

ブレーキのないレーシングカーのように命をかけて磨いてきましたから、

 

行ききってしまっているからこそ、なんとも思わないのだと思います。

 

他者との比較にも興味がないし、

 

完全に神化しているというか、別次元のもの。

 

私の分身のようなエネルギーに満ちた、

 

この世においてはパンという名の

 

「私のパン」という魂の宿るものに

 

「良いも悪いもあるの?」ということ。

 

だから、味について比較したり語る人が苦手です。

 

人と比べて競争しているうちは、仮に負ける気がしなくても

 

それほど確信も自信もないのだと思います。

 

文句言えるなら言ってみろ、とすら思わないほど

 

文句言えるなら言ってみろ、までやり切った時に産まれる何かがある。

 

と、話がそれまくったところで、

 

さようなら。

 

よければ、カフェに感じに来てください。

 

おやすみなさい。

 

 

 

 

今日のひとこと - -
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