痛くて痛くてたまらない真実にどっぷり浸かる。
最後の最期まであがく覚悟。
そんな「生き抜く」という貫く美学。
今日のひとこと

 

7月の最高気温39℃の日。

 

たしか、急に16時からオープンした日だ。

 

一日のご来店人数が7名様だったが、

 

その日のオープン前に、

 

7名様中、3名様のお名前は知っていた。

 

カフェ店主とはそういうもの。

 

 

 

 

今日のひとこと - -
今日のひとこと

 

まだ、誤解している人がいるのでお話します。

 

少し前に、「今日のひとこと」で

 

当店で撮影した写真を、

(当店他店にかかわらず)

 

SNSの「いいね」によって優越感に浸ったり、

 

承認欲求による承認要求をするための材料にするなら、

 

それは、とても失礼なことだ、

 

それなら来ないでほしいと言いました。

 

しかし、同時に、純粋にSNSを楽しんでいるだけなら、

 

投稿するのは自由だ、とも言っています。

 

私は、SNSに載せることを批判しているのではなく、

 

根本的には、ただ単に、皆さん、

 

「そこに依存しすぎていたりはしないですよね?」

 

という勝手な心配をしているだけです。

 

依存が強くあるから、

 

「写真撮るためにそのお店に行く」

 

なんてことにエネルギーを使っているのですから。

 

「いいね」獲得ゲームみたいに使っている人、たくさんいるでしょ。

 

「そのお店を愉しみに行ったから撮った」ならいい。

 

「架空の自分であるSNSで架空の自分を満たすために

 

撮るのを楽しみにそのお店に行った」はおかしい。

 

素敵なカフェに行っている、写真を撮って載せた人を見て、

 

素敵だと思っても、

 

「素敵なカフェに行けば、私も素敵」は違う。

 

SNSを操作しているのはあなたでも、

 

内容に、あなたが反映されていないのは残念だ。

 

SNSを見たら、この人はこういう人なんだぁと、

 

本当のその人がわかるくらいその人らしさが出ているなら、

 

とても良い使い方、正当な使い方だと思う。

 

もしくは、お仕事としてならば。

(それなら、許可を取るべき)

 

 

 

だから、

 

つまり、

 

簡単に言えば、

 

そのお店に行きたい、

 

せっかくだから写真撮りたい、

 

SNSに載せたい、

 

という人間的な欲求程度なら、楽しくやればいいんじゃない。

 

本当に大切にすべきことと

 

マナーだけは忘れずに!ってこと。

 

 

 

 

 

心の乱れを整えて、

 

 

気持ちよく過ごし、

 

 

よき人生となりますように。

 

 

 

 

今日のひとこと - -
今日のひとこと

 

昨日の

 

「簡単に言うと、

結局、

こんなところに、

カフェはいらないんだと思う。」は、

 

4時間、ひとりもお客さんが来なかった時に、

 

潜在意識から送られてきた、

 

カフェ店主の言葉である。

 

 

 

「簡単に言うと、

結局、

こんなカフェはいらないんだと思う。」

 

とは思っていない。

 

 

 

 

 

 

私は、

 

「並ばないと利用できないカフェなんてカフェではない。」

 

と断言している人間だ。

 

この店も、一時期、いつも並んでいる店になってしまった。

 

空いたカフェにするために、

 

様々な政策を実行し、

 

カフェのルールを徹底し、

 

わざわざ嫌われ、

 

野良猫のような素っ気なさ。

 

「白桃パフェ」と決まっているのに、

 

「白桃のスイーツ」としか告知しない。

 

最高気温39℃と36℃という猛暑の二日間、

 

ここを目指してくれた人に食べてもらいたいから。

 

何もかも、繁盛店の真逆を行く。

 

 

 

カフェがカフェらしくあるかどうかは、

 

カフェっぽいメニューやお洒落なレストランなどという浮ついたものではなく、

 

人々にとっての存在を意味するのではないかと思っている。

 

つまり、

 

「あ、カフェ行きたい」と思ったときに行ける場所であり、

 

そこに身を置き、飲んだり食べたりしながら時を過ごす。

 

そこにある時空を感じる。

 

それによって、

 

人生の様々なことが浄化され、昇華されてゆく。

 

そんな時を与えてくれる存在。

 

それが、カフェである。

 

 

 

 

 

たった一人でもいい、

 

救われる者がいるならば。

 

 

 

今日のひとこと - -
今日のひとこと


簡単に言うと、

結局、

こんなところに、

カフェはいらないんだと思う。



今日のひとこと - -
今日のひとこと

 

昨日の話で、

 

5周年記念パーティーのことを思い出しました。

 

みなさんからいただいたプレゼント。

 

食べるもの、見るもの、飾るもの、使うもの、いろいろいただきました。

 

お酒も多かったのですが、お酒は少しずついただいています。

 

ひとりであることと、仕事上、飲めるタイミングがとても限られているため、

 

まだ、飲めていないものもあります。

 

繊細なものもありますので、どんどん飲めないといけないものは

 

よりタイミングをみる必要がありますしね。

 

(S様、白ワイン飲んでますよ!とてもフルーティーで好みです!)

 

私は、あまり、人と関わらずに生きてきてしまったもので、

 

モノをいただくという機会がとても少なく、

 

今回、一度に頂いてしまったような気分です。

 

あらためて、ありがとうございました!

 

それにしても、60名様は、根本的に無理がありましたね。笑

 

しかし、たくさんお断りして、充実したパーティーにするのと

 

どちらがよかったかは答えは出せないですし、

 

個人的には、60名の方とお会いできたことが

 

一番価値があると思っているので、あれでよかったと思っています。

 

 

 

 

 

何かと、あることないこと

 

噂にされやすい私であることは知っています。

 

少ない人脈の多方面からよく聞きます。

 

私自身は慣れていますのでいいのですが、

 

他の人が関わることは慎重に扱うべきだと思います。

 

想像にすぎないうちは自由ですし、よくあることだと思いますが、

 

他人に話す場合は、

 

それが想像にすぎず、全く確証はないという前提ですべきです。

 

確証がない他人の話題よりも、

 

確証がある自分の話題に意識を向けましょう。

 

 

 

 

今日のひとこと - -
今日のひとこと

 

面白い噂ですが、

 

事実ではないことを聞きました。

 

相手の方に申し訳ないのと

 

「冗談じゃないわ!」と怒られそうですので、

 

訂正しておきます。

 

1月に、5周年記念パーティーを開催させていただきました。

 

あの時、お手伝いしてくれた女性が、

 

「私の彼女である。」

 

という噂があるようです。笑

 

残念ながら、想像し間違えているようですね。

 

そして、人によっては、その想像が、

 

かなり、エスカレートしているようです。

 

私は、「彼女がお手伝いしてくれます。」

 

と言ったような記憶がありますが、(言ってない?)

 

その「彼女」は女性という意味で、恋人ではありませんよ。

 

お客様であり、友人です。

 

本当は、当日、もう一人、

 

「手伝うわよ!」と言ってくれた友人がいたのですが、

 

(お手伝いしてくれた女性と私の共通の友人(女性))

 

インフルエンザで自宅に隔離されまして、ひとりになったのです。

 

2人いても、パーティーのあの展開は変わらなかったと思いますが、

 

そんなこともありました。

 

ですから、噂が好きなのはわかりますが、違うものは違いますので、

 

もう少し、勘の精度を上げてから発言をお願い致します。

 

噂になるというのは、少なからずの興味があるということですから

 

そういう意味では、ありがとうございます!

 

 

 

今日のひとこと - -
今日のひとこと

 

先日、この「今日のひとこと」で言いました。

 

誤解している人がいるようですから、もう一度、言います。

 

「当店の食べ物が、デパ地下で買えるならそれでいい」

 

「食べる、飲む、過ごす、よりも写真撮影が大事」

 

カフェ店主として両者は歓迎できません。

 

そもそも、日持ちのする焼き菓子でない限りは、

 

「当店以外で買える=当店より品質が下がる」です。

 

ですから、販売もしませんが、

 

その差がわからないというか、興味がないというのか、

 

買えるならどちらでもいいような方も、この世にはいるようです。

 

品質を下げてまで、たくさん売るということに興味がないので、

 

ここでしか出さない、ここだからこそ感じられるおいしさを生んでいるつもりです。

 

「ここで愉しむ」を望んでくださる方は大歓迎ですし、

 

カフェを個人店としてやっている人は、みんなそうなはず。

 

表現としての空間に意味がないのであれば、カフェかどうかは関係なく、

 

ただの飲食店ということになり、カフェという意義がなくなります。

 

「あの場所が好き」とは思われないカフェなんていらない。

 

だから、「ここで」ではなくてもいいということは、

 

個人カフェの否定です。

 

 

 

写真を撮るかどうかは自由です。趣味ですからね。

 

それをどうするかも自由。

 

SNSに載せてもいいし、ただ、自分で見るだけでもいい。

 

私が口を出せるものではありません。

 

ひとつだけ言うとすれば、

 

それを仕事にしているなら許可を取るべきでしょう。

 

空間を含めて、被写体をつくったのは私ですから。

 

SNSに載せるのも、好き嫌いはあるにしても、

 

事実ではないことを言ったりしなければ個人の自由でしょう。

 

先日、言ったのは、

 

「写真が撮れないなら意味がない」と思う人は歓迎できない。

 

それはそうでしょう?

 

(これを言っておきながら、当店は写真撮影可です!)

 

先ほどの食べ物そのものにしか価値を見出せない人よりも酷い。

 

それでもいいというお店は、どこまでプライドがないというのか、

 

お金になればなんでもいいというお店。

 

個人店なのに、それで魅力ありますか?

 

来るのは誰でもいいということですよ。

 

私、皆さんの好みなどわかる範囲では、すべて、記憶しています。

 

個人として見ています。誰でもいいとは少しも思わないです。

 

今、自分がそこにいることよりも、あとで使う写真の方が重要というのは、

 

人間から離れていっています。ロボットですか?

 

人は、感じることができるという特殊な感覚があることが魅力。

 

感じないなら生きているだけ。

 

ここでいう、生きているとは、生命はあるという意味であり、

 

人間的な生きているという感覚がある、ではないです。

 

SNSで、

 

「いいね」をどれだけ押されようと

 

フォロワーがどれだけ増えようと、あなたの魅力は変わりません。

 

上がりも下がりもしません。

 

誰も、あなたが素敵だという意味で「いいね」とは押していません。

 

そこにある画像や情報そのものに「いいね」と押しただけです。

 

見ている人にとっては、

 

その情報を発信している人が

 

途中から知らずのうちに変わってもどうでもいいことです。

 

(どうでもよくないと思ったとしても、変わったかどうかに気づけないし。)

 

仮に、あなたが、SNSを急にやめたとしましょう。

 

どうしたのかな、と思って、連絡をくれる人は何人いるでしょうか。

 

やめたのですから、SNSのメッセージは使えませんよ。

 

連絡先を知っている人はどのくらいいますか。

 

その中で、気にかけてくれる人は何人いますかね。

 

大半の人が、

 

「なんだ、あの人いなくなったな」だけではないでしょうか。

 

つまり、架空の人を演じているようなものです。

 

いてもいなくても、その存在を明確には確認できない人。

 

実際の自分の人生は棚に上げて、

 

架空の世界で

 

「素敵な自分」「人に必要とされている自分」をつくろうとしていませんか。

 

インターネットの世界では、代わりはいくらでもいますよ。

 

それがわかっているから競争しているのでしょう。

 

知ってか知らずか、自分中で競争していますよね。

 

フォロワー、いいね、を追いかけている。

 

数字は追ってはいけません。

 

お金と一緒です。無限だから。

 

つまり、無限に終わらない欲に取り憑かれているということになります。

 

100でも100000でも満たせれませんよ。

 

「これができるなら、もっとできる」と思ってしまうからね。

 

それができると、現実の自分は変われるのでしょうか?

 

現実世界が満たされていないからといって、

 

架空の世界くらい満たされたいなんて思ってはいけません。

 

現実世界を満たせばいいだけです。

 

満たされていないと思っているのは、そう決めたのはご自身です。

 

 

 

私が勝手に決めた

 

「いいね症候群」というのがあります。

 

 

お店に行った。

 

写真を撮った。

 

SNSに載せた。

 

「いいね」と押してくれる人がいた。

 

嬉しかった。

 

が、通常です。

 

それを逆流させています。

 

「いいね」を押してもらうために載せる。

 

「いいね」と押されそうな写真を撮る。

 

それを撮るためにお店に行く。

 

「いいね」と押されそうなものを食べる、飲む。

 

行き過ぎて、現実よりも写真の方が大事になる。

 

行き過ぎなくても、ここに含まれる人、多いと思います。

 

嬉しい気持ちはわかります。私も嬉しくないことはないです。

 

正直、価値を知っているので、そんなに嬉しくもないです。

 

数よりも、気持ちのある「いいね」が嬉しい。

 

押さなくても「いいね」と思ってくれた方が嬉しい。

 

(それに、匿名ではなく、私は、公にしてやっていますから、

 

現実世界の一部です。SNSで知った人が、

 

現実の私に会いに来てくださることもある。それが嬉しい。)

 

架空の世界で、

 

そんなに必死になって自分をつくろわなくても、

 

あなたは、素敵な人です。

 

自分で自分の良いところに気づいてください。

 

誰でも自分の好きではないところはあります。

 

私もたくさんあります。

 

変えられることは変える努力をします。

 

でも、変えられないこともあります。

 

変えられないから受け入れます。

 

好きなところも受け入れます。

 

一番である必要がありません。

 

他者は関係ありません。他人は他人。

 

あなたはあなたしかいません。

 

誰も代わることができません。

 

産んでもらえたのですから、生まれたのですから、

 

自分だからこその人生を大切にしてください。

 

私は、ここで、あなたと出会えたことを嬉しく思っています。

 

これからも、

 

私は、ここで、あなたを待っています。

 

 

 

 

今日のひとこと - -
今日のひとこと

 

「拘り」は、「偏り」。

 

物質や手段にこだわってはならない。

 

結果は大事だ。

 

しかし、

 

ノルマのような数値化された結果には一時的な価値しかない。

 

意志は強く、

 

思考は柔軟に。

 

こだわらないことにこだわる。

 

そして、

 

人々の幸福を想う。

 

 

 

 

今日のひとこと - -
今日のひとこと

 

みなさん、お察しの通り、

 

「季節のお菓子とお話しの会 春」はございません。

 

夏、秋、冬、ときたら「春」もあると思ったと思いますが、

 

そう簡単にはいきません。

 

いろいろ思うことがありまして、

 

やりたい気分ではないという以外にありません。

 

万一、再開するとしても、タイトルは、

 

「季節のお菓子と珈琲の会」に戻します。

 

「お話」という意味がわからない方がいるようですし、

 

前回、「ミルクティー」もおつくりできませんでしたしね。

 

そして、この会だけ参加していただいても意味がないと思っていますので、

 

日頃、カフェ営業にお越しいただいている方のみとさせていただきます。

 

開催日も、もっと減らします。

 

私は、女心並みに変わりやすい気分であるため、お許しください。

 

冬のあの発酵菓子も、今年はモチベーションがありません。

 

きっと、5個か6個で足りると思います。

 

そう信じています。

 

 

 

 

「パンの神が降りる時」

 

ご参加いただきました皆様、ありがとうございました。

 

過去一番、いろいろな面でよかったと思っています。

 

が、量が多かったという意見が多いようです。

 

私、食べていないのでわかりません。笑

 

全員、食欲も体調も気分も違うのに、

 

全員が満足な量などあり得ませんので、ご理解ください。

 

少ないとだけは言われたくないのです。

 

今、私の中では、もうやらないくていいのかなと思っています。

 

人数は集まりましたが、

 

今回が最終回であったかもしれません。

 

 

 

 

 

少し寝ます。

 

 

 

 

今日のひとこと - -
今日のひとこと

 

「ここで」を否定するのであれば、

 

それはもう、

 

そのお店のアイデンティティを否定したのと同じ。

 

そこに立つ店主のアイデンティティも。

 

すべてのコトやモノの裏には人がいる。

 

表面化したものだけしか観えないのでは、

 

自分も、そう扱われるということ。

 

自己と他者は一体である。

 

 

 

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