痛くて痛くてたまらない真実にどっぷり浸かる。
最後の最期まであがく覚悟。
そんな「生き抜く」という貫く美学。
今日のふたことめ

 

20年前に製菓学校でつくって以来と言いましたが、

 

その学校では二人でひとつをつくるので、

 

一人でつくったのは初めてのこと。

 

もちろん、指定されたルセットでつくりました。

 

今日、私のイメージで配合を考えてやりました。

 

今、食べました。

 

もう、これでいいのではないかと思う。

 

ふわふわシフォンをやったけれど、

 

しっとりシフォンがこれ以上しっとりするか

 

心配なくらいしっとり。笑

 

よく膨らむし、

 

しぼまないし、

 

穴も開かないし、

 

しっとりふわふわだし、

 

超くちどけいいし。

 

食べた気がしないから1ホール食べれそうなので一切れでしまった。

 

でも、このままだと皆さんは少し難しいと思うので、

 

おいしさは維持しつつ、安定する方法を見出す。

 

当日までに、たくさん試作します。

 

問題は、

 

味見する以外の余ったケーキを食べてくれる人がほしいこと。

 

誰か食べてくれませんか?

 

と募集するということはありません。笑

 

頑張って研究するのでお楽しみに。

 

では、明日の仕込みに備えて休みます。

 

おやすみなさい。

 

 

 

 

今日のひとこと - -
今日のひとこと

 

今日は、

 

お休みなはずですが、

 

お休みではない。

 

夜からシフォンケーキの研究を開始しました。

 

まだ、食べてないけれど、

 

テーマは、

 

「しっとりシフォン」と「ふわふわシフォン」

 

どちらもしっとりふわふわなんだけれども、

 

より強調するという意味で。

 

同時に、世にはどのようなものが

 

紹介されているのか調べています。

 

レシピの数字を見ただけで酷い。

 

見た限りでは、すべて、

 

「初心者でも失敗しない作り方」を目指している。

 

膨らまないからメレンゲ増やすとか、

 

しぼむから粉増やすとか、たくさん焼くとか。

 

物理的解決ばかり。

 

最初から70点しか目指さないことで

 

自分の至らなさに気づかないようにするという姿勢。

 

なぜ、仮に、数回うまくいかなくても

 

「理想的なおいしいシフォンケーキ」

 

という100点を目指さないのか。

 

 

 

 

転ばない人生の何が楽しい?

 

転ばないように生きていることそのものが

 

転んでいるよ。

 

転んでも立ち上がればいい。

 

転んで立った方が

 

反動があるから成長して転びにくくなるし、

 

転んでも、また立ち上がれる余力がある。

 

転ばないように転ばないように生きている人が転んだら

 

もう立ち上がれないよ。

 

立ち上がり方を知らないのだから。

 

 

 

 

 

今日のひとこと - -
今日のひとこと

 

自らが嫌われることで

 

この場を浄化し続けるという

 

捨て身の荒っぽい手段を使った

 

痛みを伴った

 

それでも守りたかった

 

万人ウケしないカフェの

 

番人の心は

 

人間という生き物には理解されないようだ

 

 

 

 

 

話は変わるが

 

ここで思う

 

 

 

 

 

自分がやろうともしないこと

 

思いもしないことは

 

他人もやらない

 

他人がやることを認めないというならば

 

それは、最も成長しない人かもしれない

 

なぜなら、その逆の

 

他人がやらないことは自分もできない

 

と言っているのと変わらないから

 

みんなと一緒でどこへゆくつもりだ

 

違えばいいということではない

 

あなたは

 

本当にそうしたいと思っているのかということ

 

 

 

 

 

今日のひとこと - -
今日のひとこと

 

すぐ、聞き間違える人がいるから補足しておく。

 

写真撮影を批判しているのではないし、

 

おいしいものを食べたいと思うことは自然だろう。

 

写真撮影のマナーが悪いから、

 

ルールをつくったりしてきた私ですが、

 

結局、「撮影可」であるということをよく考えてもらいたい。

 

撮影不可にしたお店、増えてきているでしょう。

 

私ほどうるさくなく撮影不可なのと

 

うるさいけれど撮影可なの、どちらがいいでしょう。

 

今、当店は、速やかに、

 

こそこそしなければいい、それだけです。

 

昨日のは、そんなことが言いたいのではない。

 

あと、10代、20代の子は、

 

最初からいろいろあるから仕方がないでしょうね。

 

ただね、考えてもらいたいのは、

 

本当に、自分に必要なことは何か。

 

みんながやっているからとか

 

そういうことではなく、

 

こういうお店を体験して、自分が何を感じるか、

 

よく感じて、それを信じてください。

 

今年、一度でも来てくれている20代くらいの子たちは、

 

みんな良い子ばかりです。

 

 

 

 

 

 

毎年、年末年始を境に、お客様が入れ替わります。

 

今年は、特に多いですね。

 

そういう年なのでしょう。

 

ここに来ても来なくても

 

あなたが幸せならばそれでいいです。

 

来てくれても、

 

いつも、憂鬱なのではよくないですから。

 

私は、その日、来てくれた人しか見ません。

 

目の前の真実を受け入れる。

 

同じ場所で

 

同じ人と会えるということは

 

すごいことだと思っている。

 

みなさんが

 

同じお店に行かれる確率はどれくらいでしょう。

 

また、来てくれた時、

 

この店に来たかどうかというより

 

お会いできて嬉しく、

 

お元気でよかったなぁと思います。

 

 

 

 

 

期待はしないけれど信じています。

 

会えても会えなくても

 

どうかお元気で。

 

 

 

 

 

今日のひとこと - -
今日のひとこと

 

以前からも何度か言ったりしてきましたが、

 

本当に、サンドどころか

 

予約制をやめるかもしれません。

 

電子機器の仕事量が限界に達しているのです。

 

(お菓子教室の告知すらできていませんが、

 

今月、少しやります。

 

そう簡単に屈する人間ではありません。)

 

SNSも全てやめるかもしれません。

 

私に必要ではありません。

 

予約受付が長引くことが一番時間を使ってしまうため、

 

やめるしかないかと検討しています。

 

しかし、予約なしで今のお店はできません。

 

店をやめるしかないかもしれません。

 

営業日も仕込み日も、

 

実際には休養日ではない僅かな休養日のはずの日も、

 

メールなどの仕事が途絶えません。

 

素晴らしい店主であれば、

 

返信した方が良いのであろうメールが数百通あると思います。

 

全て、滞納しております。私には無理です。

 

申し訳ございません。

 

現在、このブログ記事を書いていること自体が、

 

この時間に行われているということが、まさに、です。

 

いつ寝ているのか、とよく聞かれるのですが、

 

寝ているのではなく、少し寝てしまっているだけです。

 

寝るというより気絶しています。

 

 

 

あれ以来、ご予約が少ないということは、

 

結局、ただ、

 

今から食べるものを写真に撮ることや、

 

食べることそのもので満足という方が大半だったのでしょうか。

 

いつからカフェというものが、

 

レストランではない、

 

洒落たお食事処になったのか。

 

食事メニューがあるからと、

 

そのようにしかみられないということが

 

とても残念でなりません。

 

私が、

 

食でおもてなしをして

 

心を満たしたいということと

 

この世のそれは全く違うのです。

 

「食べる」が同じでも違うのです。

 

本当に、ただの物質にしか思えないのですか。

 

これだけ長く主張してきても理解されないということが

 

絶望を感じます。

 

どうぞ、そういう方は、

 

「こういう写真、SNSに載せたいでしょ!?」みたいに

 

自ら促してまでもお客様に来ていただいて、

 

カフェを続けたい人のお店に行ってあげてください。

 

その店主は、そうしてまでも継続(商売)が目的なのですから。

 

私はそういうの拒絶です。

 

そんなことしなくても、

 

おいしいものはおいしいし、

 

必要とされる場は必要とされます。

 

(ちなみに、ただおいしいだけで勝負していいのであれば、

 

もっともっと上に行けます。体力は出し切っていますが、

 

力を出し切っていません。

 

価格や内容をカフェという存在に合わせているだけです。)

 

みなさんも、もう少し本質を見てほしいです。

 

ここが必要とされないならば、

 

それはこの世が出した答え。

 

それなら受け入れます。

 

 

 

 

 

私は、

 

貫き、散る。

 

そのストーリーそのものが表現。

 

それが人生。

 

それでいい。

 

 

 

 

今日のひとこと - -
今日のひとこと

 

自分の感性が

 

追いつけていないだけかもしれないと

 

疑うべきだろう

 

すんなりくるような人ではない

 

 

 

一期一会のライブへ

 

 

 

no11romm1

 

no11room2

 

 

 

 

 

今日のひとこと - -
今日のひとこと


曲しか楽しめず、音を楽しめない人は

 

音楽は好きではないのではないか。

 

あの曲、あの楽器、

 

確かなもののように感じている

 

それしか信じられないならば。

 

 

 

その人の感性は、

 

その人の人生すべてによって形成された感覚だ。

 

嬉しいことも、辛いこともすべて。

 

だから、その人の感性が好きということは、

 

その人の人生すべてを肯定するということ。

 

その人の感性にかけてみる。

 

私は、そうしたい。

 

あなたは、

 

あなたの感性にかけてもらったことがあるだろうか。

 

あなたに任せるよ、信じるよ、と。

 

私で言えば、

 

メニューを告知していない日にカフェに来てくれるかどうか。

 

私を信じてくれる人は来てくれる。

 

私の感性にかけてくれる。

 

それがとても嬉しいのです。

 

私の選んだものを信じてくれるということは

 

私を信じてくれるということ。

 

 

 

あるひとりの人の感性にかけてみませんか。

 

 

no11room1

 

no11room2

 

 

 

 

 

 

今日のひとこと - -
今日のひとこと

 

考えてわかることよりも

 

感じたことを大切に

 

それが何なのかわからなくても

 

 

 

no11roomより「長い月」

 

 

 

 

 

今日のひとこと - -
今日のひとこと

死が近づいてでも

明日のメニューを書くべきか

書いても

つくれなくなればそれはないし

死んだら店はない

生きていたら

書くかもしれない

書かないかもしれない

書かないということは

死んだのかもしれない

また

あなたと会えたら幸せだ





今日のひとこと - -
今日のひとこと

 

人が感動するということは、

 

感じる人が感じやすいようにしてあげる以外に

 

こちらは何もできず、

 

感動させるロジックなんてない。

 

意図した感動が感動とも思わない。

 

「感動しました。」が

 

自分への褒め言葉だと思っているの?

 

「私が感動させた」なんて思っているの?

 

私は、その人が

 

「感じられている自分」を感じられてよかったな、

 

としか思わない。

 

感度がよければ、

 

感動する要素なんて

 

そこら中に溢れているよ。

 

 

 

 

 

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